『コードネーム:アルビノ・バタフライ』第一話「蝶の羽ばたき」こみつクリエイティブ こみつ作

タイトル:『コードネーム:アルビノ・バタフライ』第一話「蝶の羽ばたき」
新潟県長岡市、午後11時。
繁華街の喧噪が次第に静まりつつある中、一台の高級外車が静かに夜の街を走っていた。車内では、スーツ姿の中年男性が後部座席でくつろいでいる。
「間もなく到着します」
運転手の声に、男性は目を開けた。
「ご苦労」
男性の声は低く、威厳に満ちていた。
車は大手町の某ビルの地下駐車場へと滑り込んだ。男性が降車すると、すぐさま数人の警護らしき人物が周囲を固めた。
エレベーターで最上階まで上がると、そこには豪華な応接室が広がっていた。男性が入室するや否や、中にいた数人の人物が一斉に立ち上がり、深々と頭を下げた。
「よくぞ参られました、総裁」
男性―長岡市長の佐藤剛志は、軽く頷いただけで応接椅子に腰を下ろした。
「で、進捗は?」
佐藤の問いかけに、一人の研究者らしき人物が前に出た。
「はい。プロジェクト『蘇生』は予定通り進行しております。あと数週間もすれば…」
「数週間?」佐藤の声が冷たく響いた。「それでは遅すぎる。もっと早める方法はないのか?」
研究者は慌てて答える。「申し訳ありません。しかし、古代の力を現代に蘇らせるには、慎重さが必要で…」
「言い訳は結構」佐藤は手で制した。「とにかく、できる限り早めろ。長岡の、いや日本の未来がかかっているんだぞ」
一同は緊張した面持ちで頷いた。
佐藤は立ち上がり、大きな窓から夜の長岡市を見下ろした。彼の目には、野望の炎が燃えていた。
「すぐに、この街は生まれ変わる。そして、我々の手で新たな秩序が築かれるのだ」

その頃、長岡駅前。
「お疲れ様でした~」
明るい声が、夜の静けさを破った。
声の主は、小柄で華奢な体つきの若い女性。金髪に碧眼、そして可愛らしい眼鏡をかけた彼女の名は、リリア・イワノワ。長岡市のIT企業「テックイノベーション」に勤める新入社員だ。
「リリアちゃんも、お疲れ様」
同僚の山田美咲が笑顔で答えた。二人は楽しげにおしゃべりしながら、駅前の雑踏を抜けていく。
「やっと金曜日。明日からの週末が楽しみ」
リリアは伸びをしながら言った。
「そうだねー。リリアちゃんは何か予定あるの?」
「うーん、特には…」
その時、リリアのスマートフォンが小さく震えた。彼女は画面をチラリと確認すると、表情がわずかに引き締まった。
「あ、ごめん美咲。ちょっと急用を思い出しちゃって。先に帰ってて」
「え?大丈夫?」
「うん、平気平気。じゃあね!」
リリアは軽く手を振ると、来た道を引き返していった。
美咲は少し不思議そうな顔をしたが、すぐに肩をすくめて自分の帰路に着いた。

リリアは人気のない裏通りに入ると、周囲を確認してから小さな装置を取り出した。それを耳に当てると、静かな声が響いた。
「アルビノ・バタフライ、聞こえるか」
「はい、こちらアルビノ・バタフライ。応答します」
リリアの声は、先ほどまでの明るさとは打って変わって冷静そのものだった。
「新たな任務だ。20分後に、いつもの場所で」
「了解しました」
通信が切れると、リリアは深く息を吐いた。彼女の瞳には、先ほどまでの可愛らしさは微塵も残っていない。そこにあるのは、プロフェッショナルとしての冷徹な眼差しだった。
リリア・イワノワ、23歳。
表向きは長岡市のIT企業に勤める新入社員。
しかし、その正体は超常現象を調査する秘密結社「蝶の結社」のエージェントだった。
コードネーム:アルビノ・バタフライ。
彼女は素早く身なりを整えると、闇の中へと消えていった。

20分後、長岡市郊外の廃工場。
リリアは静かに指定された場所に到着した。そこには、黒いスーツに身を包んだ中年の男性が待っていた。
「お待たせしました、フクロウさん」
男性―コードネーム・フクロウは、リリアの姿を確認すると軽く頷いた。
「よく来てくれた、アルビノ・バタフライ」
フクロウは周囲を確認してから、小さな端末を取り出した。画面には、長岡市内のマップが表示されている。
「ここ最近、市内で奇妙な失踪事件が相次いでいる」
リリアは眉をひそめた。「失踪事件ですか?」
「ああ。しかも、被害者たちには共通点がある」
フクロウは画面をスクロールし、何枚かの写真を表示した。そこには、様々な年齢や性別の人々の顔が写っていた。
「これらの人々、一見すると何の共通点もないように見える。しかし…」
フクロウが画面をタップすると、それぞれの写真に赤い印が付いた。
「全員、額に小さな痣がある。そして、この痣は失踪の直前に現れたという証言がある」
リリアは写真を凝視した。確かに、それぞれの人物の額に小さな赤い痣が確認できる。
「超常現象の可能性が高いということですね」
「そうだ。そして、我々の調査で、この失踪事件の背後に大きな陰謀が潜んでいる可能性が浮上した」
フクロウは再び画面を操作し、一枚の写真を表示した。そこに写っていたのは…
「これは…佐藤剛志市長?」リリアは驚きを隠せなかった。
「ああ。彼が、この一連の事件に関与している可能性が高い」
「まさか…市長が?」
フクロウは厳しい表情で頷いた。「我々の諜報によると、佐藤市長は表向きの政治活動の裏で、古代の邪神を復活させようとする秘密結社『漆黒の翼』のメンバーである可能性が高い」
リリアは息を呑んだ。邪神の復活。それは、人類にとって計り知れない脅威となる。
「あなたの任務は、佐藤市長の動向を探り、『漆黒の翼』の計画を阻止することだ」
フクロウは真剣な眼差しでリリアを見た。「難しい任務になるだろう。しかし、あなたならできる」
リリアは固く頷いた。「はい、必ずや任務を遂行します」
「気をつけろ。敵は我々の想像以上に強大かもしれない。そして…」フクロウは一瞬躊躇したように見えた。「味方の中にも、敵がいるかもしれない」
リリアは一瞬、動揺を見せたが、すぐに平静を取り戻した。
「了解しました。どんな状況でも、決して油断はしません」
フクロウは満足げに頷いた。「よし。では、任務の詳細をブリーフィングする」

翌日の朝。
リリアは、いつもと変わらぬ様子でオフィスに向かった。彼女の脳裏では、昨夜のブリーフィングの内容が繰り返し再生されていた。
(まず、市長の側近たちの動向を探る。そして、失踪した人々と『漆黒の翼』との関連性を調査する…)
オフィスに到着すると、同僚たちが明るく挨拶をしてきた。
「おはよう、リリアちゃん!」
リリアは、普段通りの笑顔を浮かべて応えた。「おはよう、みんな!」
彼女は自分のデスクに向かいながら、ふと考えた。
(この中に、敵がいるかもしれない…)
その時、上司の鈴木剛が近づいてきた。
「おはよう、イワノワくん。今日は新しいプロジェクトの話があるんだ。ちょっと会議室に来てくれるかな」
「はい、分かりました」
リリアは立ち上がり、鈴木の後に続いた。彼女の頭の中では、様々な可能性が駆け巡っていた。
(新しいプロジェクト…これは単なる仕事の話なのか、それとも…)
会議室に入ると、そこには見知らぬ男性が立っていた。
「イワノワくん、こちらは市役所のIT推進課から来られた中村さんだ。これから彼と一緒に新しいプロジェクトを進めることになる」
中村は穏やかな笑顔で手を差し出した。「はじめまして、イワノワさん。よろしくお願いします」
リリアは笑顔で握手を交わしたが、内心では警戒心を強めていた。
(市役所…これは偶然なのか、それとも…)
「さて」鈴木が話し始めた。「このプロジェクトは、長岡市の防災システムを最新のAI技術で強化するというものだ。イワノワくん、君のAIに関する知識が必要になる」
リリアは真剣な表情で頷いた。「分かりました。全力で取り組みます」
「よし、では詳細を説明しよう」
鈴木が話し始める中、リリアの頭の中では様々な思考が交錯していた。
(防災システム…これが『漆黒の翼』の計画と関係しているのだろうか。それとも、本当に市民のための取り組みなのか…)
彼女は、表情に動揺を見せることなく、真剣に説明を聞き続けた。しかし、その瞳の奥には鋭い観察眼が光っていた。

その日の夜、リリアは自宅のアパートで、秘密裏に情報の整理を行っていた。
彼女の部屋は、一見するとごく普通の若い女性の部屋だった。可愛らしいインテリアに囲まれ、壁にはアイドルのポスターが貼られている。しかし、その裏側には高度な防音システムが施されており、部屋の隅々まで最新のセキュリティ技術で守られていた。
リリアはノートパソコンを開き、暗号化されたファイルにアクセスした。画面には、今日得た情報が整然と並んでいる。
「防災システムの強化…一見すると問題ないように見える」
彼女は呟きながら、情報を分析し始めた。
「しかし、このシステムが完成すれば、市内の至る所にAI搭載のカメラやセンサーが設置されることになる。つまり…」
リリアは眉をひそめた。
「市民の監視システムとして利用できる可能性がある」
彼女は深く息を吐いた。まだ確定的な証拠はない。しかし、この計画が『漆黒の翼』の陰謀の一部である可能性は否定できない。
「もっと調査が必要ね」
リリアは立ち上がり、窓の外を見た。長岡の夜景が静かに広がっている。彼女の目に映る平和な街並み。その裏側で、どんな闇が蠢いているのか…
突然、リリアの専用端末が震えた。彼女は素早くそれを手に取った。
「アルビノ・バタフライ、緊急事態だ」
フクロウの声が響く。
「どうしました?」
「また失踪者が出た。しかも今回は…」
フクロウの声が一瞬途切れた。
「『蝶の結社』のメンバーだ」
リリアは息を呑んだ。状況は、予想以上に深刻化しているようだった。
「場所は?」
「長岡駅近くの路地裏だ。今すぐ向かえ」

リリアは即座に行動を開始した。彼女は素早く服を着替え、武器や調査機器を身につけた。全てが、一般的な小物や装飾品に偽装されている。
「了解しました。すぐに向かいます」
彼女は窓から身を乗り出し、周囲を確認した。人気がないのを見計らって、素早く外に出た。

深夜の長岡駅周辺。
普段は賑わう駅前も、この時間帯はひっそりとしている。
リリアは慎重に指定された路地に近づいた。彼女の全身の神経が研ぎ澄まされている。
(ここか…)
路地に入ると、そこには既に数人の「蝶の結社」のメンバーが集まっていた。全員が、一般人には見えないよう変装している。
「アルビノ・バタフライ」
フクロウが彼女に近づいてきた。
「状況は?」
フクロウは路地の奥を指さした。「あそこだ」
リリアが目を凝らすと、路地の奥に小さな赤い光が見える。彼女は慎重に近づいた。
そこには、一つの蝶の形をした赤いマークが地面に描かれていた。それは、失踪した「蝶の結社」メンバーの印だった。
「これは…」
リリアは慎重にマークを調べ始めた。するとマークの中心部分が微かに光っているのに気がついた。
「フクロウさん、これ…」
フクロウも近づいてきて、マークを見つめた。
「ああ、気づいたか。あれは…」
その時、突然マークが強く輝き始めた。
「危ない!」
リリアの警告と同時に、マークから強烈な光が放たれた。全員が反射的に目を覆う。
光が収まると、そこには…何もなかった。
マークも、地面に残された痕跡も、全てが消え去っていた。
「一体何が…」
リリアが呟いた瞬間、彼女の背後で物音がした。
振り返ると、そこには人影が立っていた。月明かりに照らされたその姿は、どこか人間離れしている。
「ついに来たか…蝶たちよ」
低く歪んだ声。それは人間の声とは思えなかった。
フクロウが一歩前に出た。「貴様は…『漆黒の翼』のメンバーか」
人影はくすくすと笑い出した。
「ふふふ…『漆黒の翼』? そんな子供じみた名前で呼ぶな。我々は…」
その瞬間、人影の背後に巨大な翼のような影が現れた。
「神の使いだ」
リリアは反射的に護身用の武器を構えた。他のメンバーも同様だ。
人影は両手を広げた。「さあ、お前たちの魂を我が主に捧げよう」
突如、辺りに濃い霧が立ち込め始めた。
リリアは咄嗟に呼吸を止めた。(毒ガスの可能性がある!)
「全員、後退!」
フクロウの命令と共に、メンバーたちは素早く路地から飛び出した。
しかし…
「くっ…」
リリアは、体の動きが鈍くなっていくのを感じた。周りを見ると、他のメンバーも同じような状況のようだ。
(罠だったのか…)
意識が遠のいていく中、リリアは必死に抵抗しようとした。しかし、彼女の視界はどんどん暗くなっていく。
最後に彼女の目に映ったのは、霧の中からゆっくりと近づいてくる人影の姿だった。
「さようなら、蝶たちよ」
そして、全てが闇に包まれた。

リリアが目を覚ました時、そこは見知らぬ場所だった。
「ここは…?」
周りを見回すと、そこは広大な地下空間のようだった。古代の遺跡を思わせる石造りの壁。天井からは微かな光が差し込んでいる。
リリアは立ち上がろうとしたが、手足が拘束されているのに気づいた。
「気がついたようだな、蝶よ」
声の主を探すと、そこには先ほどの人影が立っていた。今や、その姿ははっきりと見える。
それは、人間の姿をしているものの、全身が黒い鱗で覆われていた。背中には大きな翼のような影が揺らめいている。
「お前は…一体何者だ」
リリアは冷静を装いながら尋ねた。
人影は不敵な笑みを浮かべた。
「我々は、古の神に仕える者たち。『漆黒の翼』などという子供じみた名で呼ばれるのは心外だがな」
リリアは周囲を見回した。他のメンバーの姿は見当たらない。
「仲間たちは?」
「ふふふ…心配するな。皆、我が主の元へと旅立った」
リリアは歯を食いしばった。(みんな…)
「そして次は、お前の番だ」
人影がゆっくりとリリアに近づいてきた。
「我が主の復活には、強き魂が必要なのだよ。お前のような、純粋で強い意志を持つ者の魂こそ…最高の供物となる」
リリアは必死に拘束を解こうとしたが、びくともしない。
「無駄だ。その拘束具は、古代の呪術で作られている。人の力では決して解けぬ」
人影の手が、リリアの額に触れようとする。
「さあ、我が主に魂を捧げよ…」
その瞬間。
「それは、どうかな」
新たな声が響いた。人影が驚いて振り返る。
そこには…佐藤剛志市長が立っていた。
「市長…?」
リリアは困惑した。(なぜ彼が…?)
佐藤は冷ややかな笑みを浮かべながら、ゆっくりと近づいてきた。
「よくやった、《漆黒の番人》よ。だが、ここからは私が引き継ごう」
人影―《漆黒の番人》は一瞬戸惑ったように見えたが、すぐに深々と頭を下げた。
「はっ。お望み通りに」
佐藤はリリアの前に立った。
「やあ、アルビノ・バタフライ…いや、リリア・イワノワくん」
リリアは動揺を隠せなかった。「あなたが…『漆黒の翼』の…」
佐藤は軽く頷いた。
「そう。私こそが『漆黒の翼』の総帥…いや、もはやその名で呼ぶ必要もないだろう」
彼は腕を広げた。
「我々は、古の神を現代に蘇らせんとする者たち。そして私は、その神の化身となる存在なのだ」
リリアは必死に情報を整理しようとした。
(市長が首謀者…? でも、なぜ…)
「なぜ、こんなことを…」
佐藤は哀れむような目でリリアを見た。
「なぜ、だと? この腐敗した世界を浄化するためだ」
彼はゆっくりと歩き回りながら話し始めた。
「見たまえ、リリアくん。この世界の現状を。戦争、飢餓、環境破壊…人類は自らの手で滅びへの道を突き進んでいる」
佐藤の目に、狂気の色が浮かび上がる。
「だが、古の神が蘇れば全てが変わる。神の力で、この世界を一から作り直すのだ。完璧な、理想郷としてね」
リリアは震える声で言った。「しかし、そのために無辜の人々を犠牲にするのですか? それこそ、狂気の沙汰です!」
佐藤は冷たく笑った。
「犠牲? 彼らは犠牲ではない。神の世界の礎となる、選ばれし者たちだ」
彼はリリアに近づき、その頬に触れた。
「そして君も、その一員となるのだ」
リリアは顔をそむけた。「断る! 絶対に協力なんてしない!」
佐藤は落胆したように肩をすくめた。
「残念だ。だが、君の意志など関係ない」
彼は《漆黒の番人》に目配せした。すると、番人は奇妙な形の杖を取り出した。
「これは古代の儀式の道具だ。これで君の魂を抜き取り、神の器とするのだ」
リリアは必死に抵抗しようとしたが、拘束は全く緩まない。
(こんなところで…終わるのか…)
その時。
轟音と共に、地下空間の壁が崩れ落ちた。
「なっ…!?」
佐藤が驚いて振り返る。そこには…
「よう、悪党ども。パーティーに招待し忘れたんじゃないのか?」
現れたのは、リリアの上司…鈴木剛だった。
「鈴木さん…?」
リリアは目を見開いた。
鈴木は軽口を叩きながらも、その目は鋭く光っている。
「やあ、リリアくん。遅くなってごめんね」
佐藤は怒りに震えていた。
「貴様…まさか…」
鈴木はニヤリと笑った。
「そう、俺も『蝶の結社』のメンバーさ。コードネームは…《緋色の蛾》」
彼の背後には、多数の武装した人員が控えていた。
「さて」鈴木は銃を構えた。「おとなしく降参するか? それとも…」
佐藤は歯ぎしりした。
「くそっ…《漆黒の番人》! 奴らを止めろ!」
番人は大きく翼を広げ、鈴木たちに襲いかかった。
「上等だ!」
激しい戦闘が始まった。銃声と魔法のような光が飛び交う。
その混乱の中、鈴木はリリアの元に駆け寄った。
「大丈夫か、リリア?」
「はい…でも、この拘束が…」
鈴木はポケットから小さな装置を取り出した。
「これで解除できる。ほら」
装置から青い光が放たれ、リリアの拘束が解けた。
「ありがとうございます」
リリアは立ち上がった。
「話は後だ。とにかく、ここから脱出するぞ」
リリアは頷いたが、ふと思い出して叫んだ。
「でも、他のメンバーは!?」
鈴木は真剣な顔で答えた。
「心配するな。既に救出済みだ。今頃は安全な場所にいる」
リリアはほっと胸をなでおろした。
「さあ、行くぞ!」
鈴木に導かれ、リリアは戦闘の場から離れていった。
しかし…
「逃がさん!」
佐藤の叫び声と共に、強烈な衝撃波が二人を襲った。
「くっ…」
鈴木とリリアは吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
佐藤が近づいてくる。その姿は、もはや人間のものではなかった。全身が黒い鱗に覆われ、背中には巨大な翼が生えている。
「もはや…儀式など必要ない」
佐藤の声は歪んでいた。
「私自身が…神となるのだ!」
彼の体から、禍々しい黒いオーラが溢れ出す。
リリアは、恐怖と共に気づいた。
(まずい…このままでは、本当に邪神が復活してしまう!)
その時、リリアの脳裏に、ある記憶が蘇った。

幼い頃、ロシア人の祖母が語ってくれた古い言い伝え。
「闇の力に飲み込まれそうになったとき、心の中の光を信じるのよ」
祖母は小さなペンダントをリリアに渡した。
「これは、古くから伝わる護符。最も危険なときに、きっと力を発揮するわ」

(そうか…これが、あの時の…!)
リリアは首にかけていたペンダントを掴んだ。
「鈴木さん! 私に時間を!」
鈴木は一瞬驚いたが、すぐに理解したように頷いた。
「任せろ!」
鈴木は素早く立ち上がり、佐藤に向かって突進した。
「おいおい、変身途中じゃないか。せっかくだから付き合ってやるよ」
佐藤は苛立たしげに唸った。
「邪魔するな、虫けら!」
二人の激しい戦いが始まる中、リリアは集中してペンダントを握りしめた。
(お願い…力を貸して…)
ペンダントが微かに光り始めた。
リリアの心の中で、祖母の声が響く。
「光の力を信じるのよ、リリア」
ペンダントの光が強くなり、リリアの体を包み込んでいく。
一方、佐藤と鈴木の戦いは激化していた。
「くっ…」
鈴木は徐々に押されつつあった。佐藤の力があまりにも強大だったのだ。
「ふはは! 人間風情が神に逆らうとはな!」
佐藤は勝ち誇ったように笑った。
その時。
「それは、どうかしら」
清らかな声が響き渡った。
佐藤と鈴木が振り返ると、そこにはまばゆい光に包まれたリリアの姿があった。
彼女の姿は一変していた。金色の鎧のような衣装をまとい、背中には蝶の羽のような光の翼が広がっている。
「リリア…?」
鈴木は驚きの声を上げた。
リリアはゆっくりと歩み寄った。
「佐藤市長…いいえ、もはやあなたを人間と呼ぶことはできませんね」
佐藤は怒りと恐怖が入り混じった表情を浮かべた。
「貴様…何者だ!」
リリアは静かに答えた。
「私は…光の守護者。古より伝わる、闇を払う力の継承者です」
彼女は手を前に伸ばした。
「さあ、あなたの中の闇を祓いましょう」
「な…何!?」
リリアの手から、まばゆい光が放たれた。その光は佐藤の体を包み込んでいく。
「ぎゃあああああ!」
佐藤は苦しげな叫び声を上げた。彼の体から、黒い霧のようなものが噴き出していく。
「これは…」
鈴木が呟いた。
「邪神の力が、彼の体から抜け出しているんです」
リリアが説明した。
光は強くなり、佐藤の体を完全に包み込んだ。
「うおおおおお!」
最後の絶叫と共に、まばゆい閃光が空間を満たした。

光が収まると、そこには倒れている佐藤の姿があった。彼の体からは、邪神の力の痕跡が消えていた。
リリアはゆっくりと佐藤に近づいた。
「終わったのね…」
鈴木も近寄ってきた。
「まさか、君にこんな力が…」
リリアは少し困ったように笑った。
「私も…驚いています」
その時、遠くで物音がした。
「おい! こっちだ!」
「救援部隊か」
鈴木が言った。
リリアは深くため息をついた。
「長い夜になりそうですね」
鈴木は笑いながら頷いた。
「ああ。だが、最悪の事態は避けられた。君のおかげでな」
リリアは微笑んだ。
「いいえ、みんなのおかげです」

数日後、長岡市内のとある喫茶店。
リリアは窓際の席に座り、コーヒーを飲んでいた。
(あれから色々あったなぁ…)
事件後、「蝶の結社」は大規模な調査を行った。佐藤市長は逮捕され、「漆黒の翼」の残党も次々と摘発された。
失踪した人々も無事に救出され、長岡市は平和を取り戻しつつあった。
「やあ」
声がして、リリアが顔を上げると、そこには鈴木の姿があった。
「鈴木さん」
鈴木は席に着きながら言った。
「相変わらず、可愛らしい眼鏡美少女だな」
リリアは少し赤面しながら答えた。
「もう、からかわないでください」
二人は軽く笑い合った。
「で、今後どうする?」
鈴木が尋ねた。
リリアは少し考え込んだ後、答えた。
「私…もう少し『蝶の結社』での活動を続けたいです」
「そうか」
鈴木は優しく微笑んだ。
「でも」
リリアは続けた。
「同時に、普通の会社員としての生活も大切にしたいんです。両立できると思います」
鈴木は頷いた。
「ああ、それがいい。君には、両方の世界で輝いてほしい」
リリアは決意を込めて言った。
「はい。これからも、光と闇の狭間で…私にできることをやっていきます」
鈴木はコーヒーカップを掲げた。
「乾杯といこうか。新たな冒険の始まりに」
リリアも自分のカップを掲げた。
「はい。新たな冒険に」
カップが軽く触れ合う音が響いた。
窓の外では、長岡の街に穏やかな夕日が差し込んでいた。平和な日常の中に、新たな物語の種が蒔かれようとしていた。
アルビノ・バタフライこと、リリア・イワノワの冒険は、まだ始まったばかりだった。
(終)(次回に続く)


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