男子トイレで出会ったのは、まさかの花子さんでした。

たかしは、学校の廊下を歩きながら、心の中で何度も自分に言い聞かせていた。「今日は絶対に、あいつらにいじめられないって」。彼の心臓は、まるでボールのように大きく跳ねていた。周りのクラスメイトたちが楽しそうに笑い合う中、たかしはいつも孤独だった。彼は、他の子たちのように軽やかに笑ったり、遊んだりすることができない。いつも彼の心の隅には、いじめられる恐怖が影を落としていた。

そんなある日、たかしは学校のトイレで「花子さんの噂」を耳にした。彼のクラスの女子たちが、小声で話していた。「トイレの花子さん、見たことある?」という言葉が耳に残った。彼女は、トイレの個室にいる女の子の霊で、呼ぶと出てくるという。たかしは、心の中で「もし花子さんに会えたら、あいつらを怖がらせられるかも」と思った。そうすれば、少しは自分のことを見直してくれるかもしれない。意を決したたかしは、放課後、トイレに向かった。

男子トイレのドアを開けると、モワッとした空気が立ち込めていた。壁のタイルは薄い緑色で、所々に白いカビが生えている。たかしは、心臓が早鐘のように打つ音を感じながら、個室の前に立った。「花子さん、いますか?」と小声で呼びかけると、静寂が返ってきた。彼は、何度か呼びかけてみたが、反応はない。おそらく、噂話だけで実在しないのだろうか。彼は少しがっかりしたが、諦めるにはまだ早いと思った。

次の個室に移動し、再び呼びかける。「花子さん、お願い、出てきて!」しかし、やはり返事はなかった。彼は、心の中でフラストレーションが溜まっていくのを感じた。どうせ実在しないのかもしれないが、もう少しだけ頑張ってみようと思った。彼は、最後の個室のドアを開けた。

その瞬間、何かが彼の背中を冷やっとさせた。薄暗いトイレの中で、彼は一瞬、何かの気配を感じた。心臓がドキッと鳴り、思わず振り向く。すると、そこには何もなかった。たかしは、自分の心の中の恐怖が生み出した幻影だと思った。だけど、もう一度、花子さんに会いたいという気持ちが湧き上がってきた。

「花子さん、ほんとうにいるの?」と再度呼びかける。すると、背後から小さな声が聞こえた。「いるよ…」たかしは驚いて振り向く。そこには、透き通った白いドレスを着た女の子が立っていた。まるで霧の中から現れたように、彼女は微笑んでいた。

「君が花子さん?」驚きと興奮で声が震えた。女の子は静かに頷く。「そう、ここにいるよ。でも、どうして男子トイレに来たの?」たかしは、彼女の問いに答えられなかった。彼はその瞬間、花子さんが女子であることを思い出した。つまり、彼女は男子トイレには現れないのだ。

「君は…女子トイレに行かないといけないんじゃないの?」たかしは、恥ずかしさを感じながら言った。花子さんは微笑みを浮かべたまま、「そうだけど、ここにいるのも好きなの」と言った。その言葉は、彼の心に何か温かいものをもたらした。

「でも、どうして女子トイレに行けないの?」たかしは思わず聞いてしまった。花子さんは少し寂しそうに目を伏せ、「誰も私を見てくれないから…」と呟いた。たかしは、その言葉に胸が締め付けられる思いがした。彼もまた、周りの人々から孤独を感じていたからだ。

「私も、花子さんと同じ気持ちだよ」とたかしは言った。「いつも一人ぼっちで、友達がいないから…」花子さんは、彼の言葉をじっと聞いていた。彼らは、互いの孤独を分かち合うように、その場でしばらく静かにしていた。たかしは、花子さんに出会ったことで、自分の気持ちを少しだけ楽にすることができた。

だが、やがて彼は現実に戻ることにした。女子トイレには行けない。彼は、花子さんに別れを告げることにした。「また会えるかな?」と尋ねると、彼女はニッコリと笑った。「いつでもここにいるよ、たかしくん。」

その言葉を胸に、たかしはトイレを後にした。彼は花子さんの存在を忘れないだろう。彼女がいる限り、自分は一人ではないと感じさせてくれた。彼は、少しだけ心が軽くなった。

今後、いじめられることもあるだろう。しかし、たかしは心の中に、小さな光が宿ったことを感じた。その光は、彼を孤独から救ってくれるかもしれない。彼は、花子さんとの出会いを心の支えにして、少しずつ自分を強くしていこうと決めた。

家に帰る途中、たかしはふと空を見上げた。雲の隙間から差し込む光が、まるで彼の未来を照らしているかのように思えた。彼は、もう一度花子さんに会いたいと心から願った。この小さな出会いが、彼の心に大きな変化をもたらすことになるとは、その時は思いもしなかった。


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